議員日記  2006年1月
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   2006 年 1 月 9 日(月
さんざんな年末年始
   新年おめでとうございます。遅くなりましたが今日からHPを再開します。

   ケチのつきはじめはエアコンです。先月初め急に寒くなった頃、エアコンのスイッチを久しぶりに入れると、5分ほど動いてすぐ止まってしまい、全く言うことを聞いてくれません。2回も修理に来てもらったのですが、結局故障は直らず、買い換える羽目になりました。その間10日間ほど否応なく「ウォームビズ」で過ごしました。家の中を探してみると、ストーブもコタツもアンカも電気毛布も全て過去に処分していて、温暖化が進んで冬の暮らし方もすっかり変わっていたことを改めて実感しました。先月は観測史上一番寒い12月だったとか言われていますが、築30年を超える古いマンションでもすきま風があまり入らないせいか、特に暖房器具を買い入れることもなく、厚着するだけで何とかやり過ごしました。
   ところでエアコン買い換えにあたり、あれこれ調べていると、9年前買ったときの16万円ちょっとという古い領収書が出てきました。今回はややランクが下のメーカーの製品を買いましたが、半額以下でした。エアコンに限らず、電気製品など競争の激しい分野ではこの間に価格破壊が進んで、ソニーや三洋、パイオニアなど大手メーカーでさえ赤字になるのも無理はないのかなという気もしました。

   その後12月には年末年始の雑事に加え、家族の体調不良などもあり、予定が大幅に狂いました。HPについても1年のまとめを書いたのち、日記はブログに移行するつもりでしたが、それも出来ませんでした(2月からはそうするつもりではいます)。その他、一般質問について議長などから根拠のないクレームがあったということは12/15に書きましたが、年末年始には別のことで議会事務局が妙なことを言ってきました。これについても一切妥協はしないつもりです。


賀詞交歓会・・・1月7日  於:吉祥寺第一ホテル
   この日開かれた、武蔵野商工会議所などの主催による毎年恒例の「賀詞交歓会」に出席しました。議員になって2回目の参加ですが、邑上市長になってからの初めての交歓会ということで、前回の出席者と大分顔ぶれが変わった感じがしました。市議会議員の中には和服姿の人も多く、賑やかなお正月らしい雰囲気でした。最初に主催者側の4名と、来賓の地元選出の国会議員2名(菅元民主党代表と土屋前市長)からの挨拶がありました。前市長は最初「今回は小泉旋風で菅さんに勝てるかと思っていたが、25年の(菅さんの)キャリアにはかなわなかった」などとヨイショしていましたが、最後には「国会議員には地元のことを知らない議員が多すぎる」と語り、自身の武蔵野市での実績自慢と菅さんへの辛口トークで締めましたが、お正月ということもあってか、それ程長い話にならずホッとしました。菅さんは主に「団塊党」の話をしました。
   歓談に入ると、様々な顔ぶれの方々と言葉を交わすことができて、なかなか興味深かったです。教育委員のみなみらんぼうさんは、こういった堅苦しいパーティでもリラックスしていて、とても話しやすかったので「市長選に出馬の話はなかったのですか?」と伺うと「当選しても、それからが大変だから自分には向かない。好きなことをやった方が幸せ」というようなニュアンスの返事でした。もしかしたらどこかの組織から出馬要請があったのかもしれません。邑上市長の対立候補だったO氏も顔を見せ、今は土屋代議士の政策秘書になっているとのことでした。
 
   聞くところによると、保守系の市議会議員などは例年12月・1月は連日、忘年会・新年会が続くそうです。人と会って直接話をすることは重要ですが、パーティやイベントなどにマメに顔を出すことが市議の主な役割だとは私は考えていないので、自分なりにバランスを考慮して出席するようにしています。


 

   2006 年 1 月 12 日(木
法政跡地売却交渉が大詰めに
   法政一高・一中の売却先決定が間近に迫っているようです。
            (場所の地図   12/23撮影した写真
   改めてこの問題を簡単に説明すると、法政大学付属中学・高校が三鷹に移転するのに伴い、跡地が近く売却されるというものです。吉祥寺東町のこの地区は閑静な住宅街ではありますが、緑や避難場所、公共施設が少なく、金額さえ折り合いがつけば、市の方で取得してもらいたいというのは近くに住むの住民の方々ばかりでなく、市役所、市議会でも一致した考えです(住民の方たち等からの数本の陳情は全会一致で採択されています)。
  1月5日付の都西タイムスが現在の状況を的確に伝えています。買い手は大手マンション業者の長谷工に絞られており、優先交渉権を持つ武蔵野市は1/9に交渉期限が切れるので、取得はかなり困難ではないかというものです(年末には1/23頃に法政側と長谷工の契約が締結されるとの話でしたが、最新情報では契約は少し延期になったと聞いています)。
   法政側としては、とにかく呈示額が高い長谷工に売りたいということのようです。少子化が進み、私大も経営が厳しいことはよく分かりますが、資本の論理だけで進む、この売却交渉の経過には大いに疑問があります。
   というのはこの記事にもある通り、三鷹市・牟礼の移転先というのは、東京女子大の旧学舎があった土地で、やはりマンション業者に売却しようとしていたのを、風致問題等から三鷹市がストップをかけ、そのお陰で法政が取得できたという経緯があります。その法政が自分たちの土地についてはどこでもいいから高値を付けた相手に売ってしまえというのでは、全く筋が通らないというのは当然のことです。ここは名門私学の良識を発揮して、大局的見地から英断を下していただきたいものです。

   さらに問題なのは売却先とされる長谷工です。かつて('98年)殆どの銀行に公的資金が導入されましたが、それを使って銀行は不良債権処理を進めました。中でも経営の傾いていた多くのゼネコンに対し、銀行は債権放棄して救済しました。長谷工も約3550億円の巨額を銀行に債権放棄してもらい、息を吹き返したようです(News DriftのHPから)。つまり公的資金のかなり多くの部分は危なくなったゼネコンの救済に使われたということになります。
   公的資金や、今に至るゼロ同然の低い預金金利という国の政策の庇護の下で(国民は多くの損害を蒙りましたが)、各銀行は昨年バブル期以上の好決算だったそうです。債権放棄してもらった長谷工も好調なようです
   公的資金などの恩恵に浴した銀行や企業が復活することに異議を称えるつもりはありません。しかし長谷工がどういうやり方で業績を改善させてきたのか、それが問題です。
   すでに2003年12月30日に、このHPで世田谷区の都立大跡地の「城壁マンション」(深沢ハウス)について、長谷工のやり方を批判しましたが、この件を始め現在も各地で以下のような紛争を起こしているようです。
(いかずちのサテライトページ:マンション欠陥・紛争情報から     2005.12.15現在)

世田谷区(都立大跡地:近隣紛争)
東京都町田市(IBMグランド跡地:環境問題等近隣紛争)
千葉県我孫子市(工事等の近隣紛争)
神奈川県川崎市(高津区久地:街並み景観の破壊、風害、インフラ整備不足、日影被害、交通処理など)
埼玉県朝霞市(朝霞台:近隣紛争)
大阪府茨木市(上穂積:近藤産業・長谷工、日照・プライバシー等近隣紛争)
神奈川県海老名市(日照・工事災害・交通問題等近隣紛争)

   勿論マンション建設にからむ紛争は長谷工に限ったことではありませんが、間接的に公的資金で救済されながら、近隣住民との共存・共生を十分図っているようには見えない長谷工のやり方には大いに問題があります。姉歯耐震偽装の問題でこそ今のところ名前は挙がっていませんが、長谷工はもっと謙虚になるべきです。

   金額的に武蔵野市が全部を買い取るのは難しいと聞きますが、講堂のある西側だけでも購入できないものでしょうか。その他の部分にはマンションが建つことはやむを得ないにしても、噂されている10階建て以上の大型マンションではなく、極力計画を縮小してほしいものです。ただ姉歯耐震偽装事件でも建築行政の無力を嫌というほど知りましたし、六本木のドンキホーテ屋上の「絶叫マシーン」ですら「法的には問題はない」というのが行政当局ですから、多くは期待できそうにありません。
   地元選出の菅衆議院議員は昨年法政で教壇に立ったという縁がありますし、土屋衆議院議員は相変わらず強い影響力をお持ちのようです。様々な方々、様々なルートから法政関係の有力者に働きかけてもらい、市民にとって望ましい形で決着するよう希望しています。


 

   2006 年 1 月 16 日(月
若林ひとみさんの早すぎる死を悼む

   昨年末に元文京区議の若林ひとみさんがガンで亡くなっていたことを「随想 吉祥寺の森から」(杉本徳久さんのブログ)1月10日の日記で初めて知りました。見逃していたのかも知れませんが、新聞各紙ではまだ報じられていないと思います。
   体調を崩されて文京区議を2期でお辞めになったと聞いていましたが、地方議員の本来の役割を体現されていた若林さんのような方をなくしてとても残念です。(  引退時の会見記事と写真

   若林さんは元々ドイツ文学者で、多くの訳書があり、最近ではご自身の著作も次々に出版されていました。 体調も大分回復されたのかと思っていただけに一層ショックです。
 (若林さんの経歴   著作リスト
   区議2期を務められた間に、議員特権を厳しく追及し、情報公開や入札の問題、教育の問題などでも精力的に活動されました。都議会議員の海外視察について裁判を起こし、水増し出張費を返還させました。この事件はたびたび新聞、テレビでも取り上げられ、一部議員のあきれた実態を世の中に知らしめたのは大きな功績です。
   都議の海外視察については、共産党が昨年7月の都議選で大きなテーマとして取り上げ、新聞にも取り上げられていましたが(昨年7/9の日記参照)、もともと若林さんがたった一人で声を上げ、裁判に訴えるなど行動を起こしたことで世の中を動かしたものです。昨年の都議選当時若林さんのコメントを取っている新聞記事はほんのわずかで、この時も取材の底の浅さに疑問を感じました。無所属の議員が一人で行政や議会相手に、いくつもの改善や変更をさせたことをもっと評価すべきです。新聞がそういった報道をしていくことが、市民の適切な批判力を育てることにつながると信じます。
   
●東京地裁の廊下でお会いして
  私は偶然裁判所で若林さんにお目に掛かかり、その後何度かお手紙のやりとりをしたことがあります。お会いしたのは2002年頃で、武蔵野市の市長交際費の問題で当時の市長などを相手に住民訴訟を起し、弁護士をつけずに何とか頑張っていた頃でした(裁判はなお継続中で、最高裁の判決待ちという状況です。詳しくはこちら)。毎回やらなければならない準備書面の作成はもちろん、応援してくれる人たち何人かが傍聴に来てくれてはいたものの、裁判所での公判は素人の私にとって、勝手が分からず気が重いものでした。そんな公判の日に、廊下で新聞・テレビで見覚えのあるお顔に出会って「地獄で仏」といった気持で、自然に若林さんに話しかけていました。
   その時彼女は、約束の時間に遅れている弁護士を待っていたところで、私が裁判をやっていることを知ると、すぐに共通の意識が芽生え、ほんの短い間でしたがおしゃべり出来ました。その後、こちらから資料などをお送りすると、すぐに返事を頂きました。一番忘れられないのは、私が市長交際費の支出の中身に問題があると訴えていることに対して「三宅さんがやっていることは本当は市議会議員がやる仕事なのに、武蔵野市の市議会議員は何をやっているのですか?」と書いてあったことです。その時はそれほど意識しませんでしたが、今では私が市議になるきっかけになった言葉だと考えています。杉本さんのブログでも、若林さんの一言で後押しされ行動を起こした事が書かれていますから、今更ながら彼女には本質を見抜く資質があったのだなあと感じます。
 

   若林さんは最初から最後までたった一人で言うべきことを言い、行動しました。大小さまざまなメディアで書いたり発言されましたが、文学作品以外現在まとまっているものはありません。ただ、私の手元には彼女の「文京区議会便り」が何冊かあります。客観的なデータに基づいた彼女の「議会便り」をこれからも読み返して行くつもりです。
 


 

   2006 年 1 月 22 日(日)
法政跡地売却問題について、都西タイムスに最新記事が載っていました。(  
情勢は厳しいようです。
姉歯事件  その3
   姉歯耐震偽装事件については昨年11/2211/29に私の考えを一応まとめました。12月にも続きを書くつもりでしたが、1/9のところで述べたような理由でそのままになっていました。   その後事件は更に広がりを見せ、情報が溢れかえる一方で、ライブドア事件の陰で問題の本質が見失われがちになりつつあるようにも思えます。先週1/17にはヒューザー小嶋進の証人喚問があり、20日には四ヶ所氏等の参考人質疑もありました。まだ記憶の新しい内にこれらの感想も含め、11月29日以降のことを整理してみたいと思います。

   この問題について私は現在次のように考えます。基本的に以前と同じです。
偽装実行犯姉歯とその背後にいる内河や四ヶ所、木村建設、ヒューザーなどについて、共犯関係が成立するかどうかは微妙かも知れません。しかし結果責任があることは明白ですから、国税庁なども全面協力して、個人資産、企業資産を全て提供させるのは当然と考えます。
真相究明を進めて責任の所在を明らかにすること、二度とこんなことが起きないようなシステムを構築して国民の不信を取り除くこと、偽装建物購入者の生活再建を助けるスキームを作って当事者に希望を与えること、危険な建物を早急に解体して周辺住民を安心させること−−−などを並行して進める必要があります。
石原都知事などに代表される「安物を買った奴も悪い」「阪神や中越地震の被害者には何もしないのに、今回はなぜ私有財産の補償をするのか」といった自己責任論に一定の支持があるようですが、私は反対です。特定行政庁(=国や自治体)が審査した建物は勿論、民間検査会社が審査した建物についても、民間でも検査できるよう法改正をし、その業務内容を監察しているのは国ですから、当然国には大きな責任があります。その意味で北側国交相が作らせた救済スキームには基本的に賛成です。上で書いた関係者や企業の結果責任を追求して、資産を吐き出さした上で(それでも到底足りないことは明かですから)公的資金を投入する他ないでしょう。マンション購入者の自己負担は最大でも2割程度にしたいものです。比較される天災の被災者に対しては、やっとできたものの、使いにくいと評判の悪い「被災者生活再建支援法」を強化して、国としてもっと手を差し伸べる方向に持って行くべきです(民主党などが提案しています)。

姉歯が創価学会員、ヒューザーも学会とつながりがあると噂され、北側大臣が公明党ということで、公明党が事件処理を急ぎ、真相究明にフタをしようとしている−−−などという見方を、知ったかぶりの評論家、勝谷誠彦氏などが盛んにしていましたが、穿ちすぎではないでしょうか。ただ救済を急ぐ国交省や北側大臣が、真相解明に非常に消極的としか見えないというのには同感します。
解明が進む中で、自民党小泉側近の伊藤公介代議士や森派の関わりが明らかになれば、それを追求、糾弾するのは自然の流れです。しかし最初から小泉内閣にダメージを与えることを狙って政争の具にするのは愚かなことで、これでは被害者住民は浮かばれません。本来耐震偽装の問題は与野党関係なく党派を超えて追求するのが当然のことです。
ヒューザーには経営陣を総退陣させた上で、チッソと同じように特別融資して事業を存続させ、利益の中から返済させるといった方法を取るほかないのではないでしょうか。

重要なことで分からないことがいくつかあります。
木村建設が国交省に提出したリストで、姉歯以外が構造設計を担当した建物にも鉄筋量が極端に少ないものがかなりあった筈。それらは全部シロだったのか。検査機関の耐震チェックがずさんなことは業界では広く知られていたと思われるが、総研や木村建設、姉歯とも関係のない物件では偽装は本当になかったのか。
国交省のHPを見ると、分譲マンション偽装物件の建築主はヒューザーが圧倒的に多いが(分譲済みだけで17件)、ハウジング大興(2件)、シノケン(1件)、東日本住宅(1件)などのものも判明している。こちらでは購入者との交渉はうまく行っているのか。
コイズミ首相はこの件で一切沈黙しているが、なぜなのか。超側近と言われる伊藤公介と同じようにマズいことがあるのか。

   証人喚問、参考人質疑を見ての感想などはこのシリーズの次回で書く予定です。


 

   2006 年 1 月 23 日(月
ホリエモン逮捕
   堀江社長以下ライブドアの幹部4人が今夜、証券取引法違反で逮捕され、小菅の東京拘置所に送られました。昨年3/6、堀江氏のことを「本業はIT乗っ取り業と言って差し支えないと思われる。(しかし買収した事業について)それなりにIT事業として育成拡大しようとしていることは認められる」と書きました。勿論これは、ライブドアの企業買収が法律を遵守して行われたことを前提として述べたものです。その前提が違っていたとしたら、検察が入るまで、金融庁SESC(証券取引等監視委員会)、東京証券取引所の監視部門などは一体何をやっていたのでしょうか。これは姉歯の問題で、イーホームズや日本ERI、あるいは自治体の建築確認審査部門が、小さなミスは指摘するものの、構造計算書偽造のような巨悪を見抜けなかったのと同じ構図ではないでしょうか。

   通常国会が始まりましたが、ライブドア事件、耐震偽装事件、米国産牛肉輸入問題など、小泉政権の屋台骨を揺るがす問題が続発し、対決ムードが高まってきました。こんな時民主党代表が喧嘩上手の菅さんではないのが非常に残念です。前原氏ではせいぜいポテンヒット位しか期待できそうにありません。
 

 

   2006 年 1 月 25 日(水
法政一中・高の跡地は長谷工に売却決定
   昨日(24日)のサンケイ新聞朝刊で、23日に長谷工コーポレーションと法政大学の間で契約が締結されたと報じられました。
   今後武蔵野市は、長谷工が取得した土地の内、講堂などを含む道路を隔てた西側部分の割譲を求めて交渉を進めると考えられますが、長谷工は収益性を考えて残された東側部分に高層マンションを建設したい意向と伝えられます。※ 法政一高・中学のHPにある地図(記念会館と書いてあるのが西側部分です)
   周辺の住民の方々は、交換条件の形でそういった再開発が進むことを心配しています。私を含め市議会議員は、この問題では各党派の考えもほぼ一致しており、今後どのような方向に進むのか注視しています。行政としても単に公共用地を確保できれば良いという姿勢ではなく、広くまちづくりの観点から、長谷工と対峙して言うべきことを言う交渉をしてほしいと考えます。


 

   2006 年 1 月 28 日(土
市長選の選挙公約「徹底した情報公開」はどこに行ったのか

● 福祉公社の税金1億円未納問題−−−評議員会を傍聴
  1/23、市議会代表者会議の席上で会田助役から、市の福祉公社の税金未納額が追徴金などを加えると約1億円に上るとの報告があり、詳しい内容や経過は評議員会で公表されるとのことでしたので、25日に高齢者総合センターで開かれた評議員会を傍聴しました。傍聴者は大野議員と私など計8名でした。(武蔵野市福祉公社 役員名簿 PDFファイル
   K理事長などからは事実関係や今後の対応策などが、新しい会計士の方からは未納状況の詳しい説明があったのち質疑に入り、評議員である市議全員から「なぜ、長い間福祉公社としてチェックできなかったのか?」「90才という高齢の会計士になぜずっと頼んでいたのか?」「職員の責任の所在や処分はどうするのか?」などかなり突っ込んだやり取りがありました。今回追徴されたのはH12度以降の分だけであり、それ以前は時効とのことで、実際はもっと以前から未納だったことも分かりました。結局、議員以外の評議員の1人から「補正予算を承認してはどうか?」との意見が出て、採決となり補正予算は承認され終了しました。市の元収入役であった理事長の発言を聞く限り、公認会計士は前市長が任命したので「自分には責任がない」と言っているように私には感じられました。収入役の経歴があるとは言っても、「収入役」というのは肩書きであり、別に会計の専門家ではないからでしょうか。

   私は市議になって2年間福祉公社の評議員でしたので、責任の一端はあるのかも知れません。評議員の仕事は年2回の評議員会に出席することだけでしたが、最初の評議員会で「会計報告書がわかりにくいので改善してほしい」と発言しました。こんなことを言う議員は今までいなかったらしく、市から出向の役員などからは不機嫌そうな反応がありましたが、理事長が前向きな対応を約束し、翌年度はかなり見易くなっていました。ただ報告書に表れていない、税金のことまでは発見できなかったのは残念です。その後、福祉公社の会計の複雑さと、武蔵野市開発公社や、一昨年解散した潟Gフエフショッピングセンターなどの会計報告書のわかりにくさは共通していることに気が付きました。   出資団体の財務状況は、チェックしやすい仕組みに抜本的に改善することが急務だと感じます。 潟Gフエフショッピングセンター解散の経緯、問題点を書いた時にも、外郭団体の財務体制の甘さを指摘しましたが、今回も根はつながっています。出資団体の財務体質の強化は、今後の武蔵野市にとっても最優先の課題のはずです。これまでのように、外郭団体に市の職員・OBをそのままスライドさせることでは到底解決できません。

 何も変わらない市の対応、感じられない危機感

   この問題の処理の経過を見ると、市長が変わっても武蔵野市の体質は殆ど何も変わっていないと感じます。前市長の時代も大きな事件や不祥事(横領事件水栓操作ミスによる「漏水事故」)などが起きても、行政側からの積極的な説明は不十分だったり、ほとんどなかったりで、曖昧なままに過ぎてしまうことが多かったと思いますが、今回もほぼ同様の対応でした。約1億円の納税額の内、延滞税と加算税は約2千万円に上り、これだけの余分な金額が税金から支出される訳ですし、税務調査が入った後、昨年9月末には概算の未収税額が算出されていたそうですから(福祉公社から武蔵野市にはいつ報告があったのかは不明です)、新聞記事になる前に、詳しい事実関係・対応策や処分を含めて、もっとスピーディに明らかにするべきでした。市が100%出資し、人もお金も注ぎ込んでいる外郭団体の財務問題です。市と公社は別の組織だという言い訳は通りません。邑上市長が就任する以前の不祥事なのに、大騒ぎされてイメージを落としたくないということなのか何なのか、とにかく、こういった市にとってのマイナス情報については、特にしっかり公開する姿勢を打ち出さないと、市長選の選挙広報にも載っている「見せかけの市民参加から本当の市民自治へ−−徹底した情報公開で隠し事のない市政にします」という公約が泣くのではないでしょうか。

   前回日記に書いた「法政一中・高校の跡地問題」でも同様の感想を持ちました。この問題では市民を味方にして、ドンドン動き攻めていかないと、うまく行かないのは判りきったことでしたが、新聞記者にも市議にもロクに情報を伝えていないことが露呈しました。例えば、23日に法政側が長谷工と契約した事実について市の担当者は、超党派の議員連盟の代表2名の議員にのみ電話で伝えていただけでした。大部分の議員は一部の新聞の翌日の記事を見て知りました。市民の陳情を審議し採択した総務委員会の議員には、総務委員長からのクレームでやっと25日に電話したという有様で、後の祭りです。こんなにのんびりしたやり方で、海千山千のデベロッパーや建設業者を相手に、厳しい状況が打開できる訳がありません。やる気さえ疑ってしまいます。
   また昨年9月水没した、地下にある学童クラブの移転問題でも、切実な危機感を持つ保護者の皆さんに情報がさっぱり聞こえてこないそうです。不可解です。

   こういった生ぬるい体質や秘密主義、危機感の薄さ、対応の遅さこそ、新しいチャレンジや改革に向けての最も大きな障害ではないかと感じます。きれい事のみ伝え、あとはウヤムヤにする体質を引きずって行くのか、別の道を模索するのか、武蔵野市は今分岐点に立っているように感じます。