2002.10.04 : 平成14年第3回定例会(第4号) 
(34番目の発言    武蔵野市議会会議録検索ページはこちら

◯市 長(土屋正忠君)  今後、どのぐらいかかるか、選考委員会の基準等、これらについては担当からお答え申し上げたいと存じます。
 まず、第1点目の御質問で、情報公開で訴えられて3連敗したとおっしゃいましたけれども、私どもは、まず今、最高裁にかかっている中身について、これは土地売買契約書という基本的な私文書に当たるものを全面公開しろという高裁の判決でございますので、これらについては、私は高裁の判決は疑問に思っておりますけれども、その他の部分、あなたがよく主張していた土地疑惑があるだとか、そういったことは全部こちらが勝ったわけであります。したがって、3分の2、訴えた方が持ちなさいという判決ですから、これは別に、つまり山本ひとみ議員がおっしゃっていた、またビラをまいたりしていた無責任な言動が高裁で否決されたわけですから、私はこれは負けたと思ってなくて、勝ったと思っております。3分の2、勝った。だからこそ、3分の1は市が持ちなさい。だけど、3分の2は訴えた方が持ちなさいよと、こういうことになっております。
 それから、先ほど決算の審議の中で、何か特定の方ばかりが委員になるとおっしゃいましたけれども、この裁判、みんな大体特定の人なんです。訴えているのは、本当に特定の人だなと思って、今回名前の挙がったような高木さんとか三宅さんとか、こういう方々が訴えている。こういう個人名を挙げるのは、裁判は公開ですから、あえて申し上げますけど。山本議員さんもそれらの方々と一緒に行動されていますよね。そうすると、行政側のやることについてはさまざまなことを言っておいて、特定の方が特定のところで訴えていると、こういう図式になる、このこともきちっと市民の中に伝わらなければならないと、このように考えております。
 次に、確かにこの間の交際費についても一部負けましたし、同時に今回も、勝ち負けで言えば負けたということになるんですけれども、これは実は今、法曹界等を含めて、皆、注目しているところでありまして、これは平成14年6月19日の読売新聞でありますが、行政訴訟、新たな潮流か異質の判断かというタイトルで、東京地裁で行政側敗訴、高裁で逆転相次ぐと。その中に、具体的な特定名を挙げて、藤山裁判長、そして2部の市村裁判長と、こういう具体的な名前を挙げて、こういうことが記事になっております。実は、これが法曹界では今、一つの話題となっており、一審の東京地裁の行政部で出す判決については、これは新しい潮流として、判決として、今後定着していくのかどうか。それとも、このタイトルにありますように、東京地裁で行政側敗訴、高裁で逆転相次ぐということになるのか。単なる異質の判断なのか、これは非常に問題になっております。

 この市村という裁判官、今度、判決を下した裁判官ですが、私はお人柄は存じておりませんし、会ったこともありませんけれども、こういう傾向の判決を出す方で有名であります。したがいまして、これは新聞にも書いてあることでもありますし、それぞれの法曹界で有名なことでありますので、あえて申し上げておきたいと存じますが、一種のそういう見解なり信念をお持ちの方だと私は思っております。ただし、ここで大事なのは、個人、一裁判官の世界観でもって行政の是非が決まってしまうんでは非常に危険なことですから、したがって高裁まで争って、果たしてどちらが妥当なのかということをきちっと判断してもらう。あるいは、憲法判断に係ることだったら、最高裁まで行ってきちっと判断してもらう。そうしないと、一審だけで決着をつけると、たまたま担当した裁判官の考え方や信条でもって決まると、こういうことになりますから、私はどうしてもこれは高裁に訴えたいと、こんなふうに考えているところであります。
 次に、最後の御質問に関係してのことでございますけれども、そもそも思想信条の自由とかということに関する部分については、従来は開示しないということが当然でした。今は、例えば内申書をめぐる裁判なんかで、たまたま不幸な事態に、生徒が自殺した、この内申書を開示するかしないかということで争われている裁判なんかあるんですけど、これはあくまでも自己情報です。わかりますね、自己情報。つまり、今回のも自己情報を開示してくれというんならば、これはまた検討の余地がある。だけど、これは他人の情報を開示しろと、こういうことですから。そもそも情報公開条例の基本というのは、行政側がつくった文書などが中心になって組み立てられているわけでありますけれども、行政側がつくった文書ではなくて、民間の人とやりとりした、例えば売買契約書のようなものとか、私文書に関するようなものとか、あるいは一般の民間との信頼関係によって個人が提出した文書とかということを公開するというのは、当然プライバシーが絡みますから、慎重でなければならないと、このように考えているところであります。ましてや、これは物の考え方や思想信条に関することに触れるわけですから、思想信条のこういうことを開示するんだったら、何で住基ネットであれだけ騒ぐのか、全くつじつまの合わないことになるわけであります。